杉ウイメンズクリニック

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不育症、習慣流産、反復流産 杉ウイメンズクリニック | 院長コラム

ヘパリン自己注射に関する最近の問題点について。(10月25日に若干改訂しました)

2012/07/19

今年の1月に、ヘパリン自己注射に保険が適用される様になり、半年が経過しました.最近、気が付いた問題点に関して述べます。
ヘパリンの在宅自己注射は、決して不育症という疾患に対して保険が適用される事はありません。あくまでも、妊娠中に本人が血栓症になる事を予防すると言う目的でしか保険は効きません。従って、不育症患者の中で、ヘパリンを保険で処方できる人は、ごくわずかです。
しかしながら、私が1999年に日本に初めて不育症の治療としてのヘパリン在宅自己注射を大学病院でシステムとして導入してからずっと言われ続けてきた事は、患者に注射器を渡し、ヘパリンと言う劇薬を自己注射させるなんて、そんな危険な事をして良いのか。倫理的に問題だ。などと言う、無知から出る批判でした。そういう意味では、今回の保険適用は、ヘパリンの在宅自己注射という行為に関して、お上のお墨付きが出たという事なので、私としては、非常に大いなる進展でした。
今までは、不育症患者のために、ある程度のリスクをおかしてヘパリンを処方していた不育症専門医は、自己注射のマニュアルを手作りして患者指導に当たってきたのですが、今回の保険適用により、我々が製薬会社に協力して自己注射指導マニュアルを作成しましたので、不育症に全く疎い、一般婦人科医も安易にヘパリンを処方し出しています。怖いのは、ヘパリンで一番危険な副作用である、ヘパリン惹起性血小板減少と言う副作用の検査をしないで、ヘパリンを処方しているケースが目立つ事です。この副作用は、滅多に無いのですが、万が一見逃すと、命にかかわります。ヘパリンの注射を始めたら、最初の2週間は頻回に血液検査をしなければなりません。そんな基礎知識も無く、安易にヘパリンを処方している婦人科医を多く見かけます。
また、保険も、血栓症予防という嘘の保険病名を付けて、保険で処方している悪質なケースが多いです。当院でヘパリンを自費で処方し、近医に紹介したところ、そこでは保険で処方されて、当院に抗議の電話がかかって来たこともあります。カルテの記載と、保険病名に矛盾があれば、監査で見つかれば、大変な問題になります。最近は、保険の財政が破綻しているので、かなり監査は厳しいです。この様な不正が見つかった場合、病院側が責任を問われ、過去の不正分は返金しなければいけないのですが、皆さんはラッキーで済むのかも知れません。無知な医師のお陰で、ヘパリンが保険で処方され、金銭的に非常に助かったという事になるのかもしれません。しかしながら私は、不育症診療に対する経済的援助は、保険制度を無理に利用するよりは、不育症助成金制度を立ち上げる方が、矛盾も無く、無理も無く、スッキリすると思います。
私は、ヘパリンが保険で処方されて非常に喜んでいる患者さんを見ると、若干複雑です。保険で処方できるという事は、血栓症という非常に重篤な疾患だと言う事です。例えば、ヘパリンが保険で処方可能な本当の抗リン脂質抗体症候群は、難病であり、診断されて嬉しく思う様な疾患では決してありません。また、もしも妊娠維持の目的でヘパリンを処方されている人でも、医師が血栓症という病名を付けて、保険で処方したとすると、その診断は非常に重いです。それは、公的なカルテに記録が残り、例えば、生命保険に入ろうと思っても、血栓症で治療歴があれば、入れないかもしれません。それほど、重篤な病名なのです。実際、当院でヘパリンを保険で処方している人達は、命懸けの妊娠、分娩になるが、それでも妊娠を希望するのか、家族会議を開いて良く相談する事を先ずお勧めし、次に、夫婦で来院してもらい、夫婦の意見の完全な一致を確認し、処方するという、癌の告知に準じた手順を踏んでいる人が多いです。保険適用を喜んでいる人は、まだこの事を良く理解出来ていないのか、適用外の不適切な処方の何れかなのかも知れません。
我々、厚労省不育症研究班は、ヘパリンの在宅自己注射の安全性に関する臨床データを厚労省に提出し、今回の保険適用にこぎ着けた経緯があります。もしも、保険が通った事により、知識の無い医師の乱用があり、ヘパリンの副作用による死亡事故などが起きたら、非常に悲しいです。ヘパリンは、十分な知識と、十分な治療経験が無いと使いこなせる薬ではないという事を、皆さんも知っておくべきと思います。
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