杉ウイメンズクリニック

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不育症、習慣流産、反復流産 杉ウイメンズクリニック | 院長コラム

着床障害、反復化学流産について。当院の見解。

2012/05/13

最近、着床障害についての問い合わせが多いので、ここに当院の考えを述べます。よくある質問、注意事項の欄にも書いた通り、化学流産(正式には生化学的妊娠と言います)を病的なものと考える事は一般的には不適切です。しかしながら、繰り返した場合はどうなのでしょうか。世界中の専門家が目下研究中ですが、残念ながらまだ答えは出ていません。したがって、当院を受診すれば着床障害の診断、治療ができ、妊娠成功しますよと自信を持って言う事は残念ながらありません。研究中の検査、治療はありますが、まだ試行錯誤中です。世界中でまだ誰もなし得ていない診療が、当院では可能ですと言う施設がもしあったら、本当か?と、とりあえずツッコンでおいた方が無難です。当院は研究所を併設しているので、新しい検査、治療を試みており、良い感触を得ていますが、まだ公表する段階にはありません。
にも関わらず、今度の夏に開催される、日本受精着床学会という不妊関係の学会で、着床障害についてシンポジウム講演を依頼されてしまいました。体外受精を行なっている不妊専門医も困ってしまい、我々不育症専門医にヘルプを求めた状況です。その学会向けに書いた抄録がありますので、ここに紹介します。当院の着床障害に関する現在の考えが詳しく書かれています。
今回の研究で1つ分かった事は、着床障害は不妊領域と言うよりは、むしろ我々の専門である不育症領域の問題かも知れないと言う事です。不妊と不育症の専門医が協力して解決する必要がありそうです。

「着床障害を不育症として扱うべきか」
 
不妊クリニックから不育症専門外来へ紹介されて来る不妊患者は、良好胚を何度移植しても全く妊娠しないか、もしくは生化学的妊娠で終わってしまう患者である。その様な不妊患者 (n=158)に対して不育症検査を施行したところ、抗リン脂質抗体 (aPL)、第XII因子欠乏、プロテインS欠乏など不育症患者群に非常に類似したリスクファクターの陽性率が得られた。
American Society for Reproductive Medicine (ASRM) Practice Committeeは、aPLはIVF成功には影響しないという見解であるが、Am Society for Reproductive Immunology (ASRI)はその様な結論を出すのは早急であるという見解である。我々は、不妊症患者においてaPL陽性者が少なからずいる事、陽性者の卵胞液にaPLが存在する事、卵胞液中のaPLはIgGのみで、IgMは無かった事、aPL-IgGは受精率を低下させた事などを既に報告した (Am J Reprod Immunol 2006; 55: 341-348) 。しかしながら、良好胚を移植しても生化学的妊娠を繰り返す着床障害症例では、不育症患者同様、aPL-IgMの陽性頻度が高く、また、第XII因子欠乏やプロテインS欠乏などの凝固異常も不育症と類似した頻度で確認され、受精障害と着床障害における機序は異なる様である。生化学的妊娠は、流産とは異なるとは言え、繰り返した場合は、不育症として扱うべきなのかも知れない。
抗リン脂質抗体症候群に対する低用量アスピリン療法やヘパリン療法が流産防止に有効である事は既にコンセンサスが得られているが、aPL陽性の着床障害患者にも有効であると言うエビデンスは無い。着床の前後は、まだ血流は関係無いので、胚移植時からアスピリンやヘパリンを開始しても効果があるとは考えにくいし、現にrandomized, double-blind, placebo-controlled trial (Fertil Steril 2003; 80: 376-83)でも無効であると報告されている。ヘパリンの在宅自己注射を毎回胚移植の日から開始する事は、患者の肉体的、経済的苦痛も大きく、長期にわたった場合の骨粗鬆症のリスクもあるので、行うべきでは無い。この論文には、その研究趣旨からは外れるが、1つ興味深いデータがある。胚移植時からアスピリン、ヘパリンを開始した治療群と、生食とsucroseを開始したplacebo群では、妊娠率も着床率も差が無かったが、どちらも一般のIVF患者の妊娠率、着床率よりも有意に高かった。不育症患者において、tender loving careが妊娠維持に有効であると言う報告があるが、着床障害においても同様の事が言えるのかも知れない。
着床障害は、不妊症と不育症の挟間にあり、どちらの領域なのか不明であったが、今回の我々のデータより、不育症の領域に近い事が示唆された。しかしながら、従来の不育症の治療をそのまま不妊症に行なう事は不適切であり、新しい治療を開発する必要がある。当院でも現在研究中の理論、治療があるが、残念ながらまだ発表する状況には無い。不妊専門医の協力が不可欠である。
 
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