杉ウイメンズクリニック

スペース スペース

不育症、習慣流産、反復流産 杉ウイメンズクリニック | 院長コラム

3月15日に名古屋で開催された東海ARTカンファレンスで、「不育症的視点から着床障害を考える」という演題で特別講演を行いました。

2015/03/21

最近、不妊症の学会から不育症や着床障害の講演を依頼される事が多いです。今回は、東海ARTカンファレンスという静岡から三重県までの不妊専門医やスタッフが参加する大きな学会で特別講演を行いました。当日は、会場には300人の聴衆で熱気でムンムンでした。
www.geocities.jp/toukai_art/history/11.html
当日の発表内容の抄録を参考までにアップします。

不育症的視点から着床障害を考える

 

不妊クリニックから不育症専門外来へ紹介されて来る不妊患者は、良好胚を何度移植しても全く妊娠しないか、もしくは生化学的妊娠で終わってしまう患者である。その様な不妊患者に対して不育症検査を施行すると、抗リン脂質抗体 (aPL)、第XII因子欠乏、プロテインS欠乏など不育症患者群に非常に類似したリスクファクターの陽性率が得られる。

American Society for Reproductive Medicine (ASRM) Practice Committeeは、aPLIVF成功には影響しないという見解であるが、American Society for Reproductive Immunology (ASRI)はその様な結論を出すのは早急であるという見解である。我々は、不妊症患者においてaPL陽性者が少なからずいる事、陽性者の卵胞液にaPLが存在する事、卵胞液中のaPLIgGのみで、IgMは無かった事、aPL-IgGは受精率を低下させた事などを既に報告した (Am J Reprod Immunol 2006; 55: 341-348) 。しかしながら、良好胚を移植しても生化学的妊娠を繰り返す着床障害症例では、不育症患者同様、aPL-IgMの陽性頻度が高く、また、第XII因子欠乏やプロテインS欠乏などの凝固異常も不育症と類似した頻度で確認され、受精障害と着床障害における機序は異なる様である。生化学的妊娠は、流産とは異なるとは言え、繰り返した場合は、不育症として扱うべきなのかも知れない。

最近は、不妊クリニックでも、着床障害検査と称して、いわゆる不育症検査が行なわれる様になった。しかしながら、不育症血液検査は、検査伝票にチェックを入れるだけで出来る検査ではない。例えば抗リン脂質抗体検査は、採血した直後に遠心分離して血小板を除去しないと、血小板のリン脂質が抗リン脂質抗体を吸着して偽陰性の結果をもたらすし、血液凝固系検査も、採血直後に遠心分離して血漿を急速冷凍しないと正確には測れない。凝固因子を壊さないために、−6℃を如何に早く通過させるかが重要である。さらに、ホルモン剤や排卵誘発剤などが血液凝固因子に及ぼす影響も無視できず、採血時期は慎重に決めるべきである。残念ながら、信頼性の高い不育症検査を行なっている不妊クリニックは、現時点では殆ど無いのが現状である。

治療に関しては、抗リン脂質抗体症候群に対する低用量アスピリン療法やヘパリン療法が流産防止に有効である事は既にコンセンサスが得られているが、aPL陽性の着床障害患者にも有効であると言うエビデンスは無い。着床の前後は、まだ血流は関係無いので、胚移植時からアスピリンやヘパリンを開始しても効果があるとは考えにくいし、現にrandomized, double-blind, placebo-controlled trial (Fertil Steril 2003; 80: 376-83)でも無効であると報告されている。ヘパリンの在宅自己注射を毎回胚移植の日から開始する事は、患者の肉体的、経済的苦痛も大きく、長期にわたった場合の骨粗鬆症のリスクもあるので、行うべきでは無い。また、夫リンパ球免疫療法が不育症に有効であると言う仮説が過去に存在したが、その後の詳細な検討により、約10年前にその効果は国際的に否定されており、コンセンサスが得られている。着床障害に夫リンパ球が有効であるという仮説はさらに否定的である。元々、Th1/Th2バランスをTh2の方に傾けるための治療であるので、抗リン脂質抗体などの自己抗体が陽転するという副作用もあり、行うべきでは無い。その後、一部の施設で代替的に始まったピシバニール療法は、その臨床データに関する英語の論文は皆無であり、有用性に関するエビデンスは全く無い。

着床障害は、不妊症と不育症の挟間にあり、どちらの領域なのか不明であったが、今回の我々のデータより、少なくとも着床障害の一部は不育症の領域に近い事が示唆された。しかしながら、不妊クリニックで不育症検査を正確に行なうには、最低限の知識が必要であるし、従来の不育症の治療をそのまま不妊症に行なう事は不適切である。新しい治療を開発する必要がある。当院でも現在研究中の理論、治療があるが、残念ながらまだ発表する状況には無い。不妊専門医の協力が不可欠である。

スペース