プロテインSの正常値とその治療方針【過去コラムより】
ホームページリニューアルに伴い、過去に掲載したプロテインSに関するコラムをまとめました。
【目次】
- プロテインSの正常値とその治療方針(2016/12/10)
- 正常女性のプロテインS活性のデータを入手しました(2017/5/26)
- プロテインS欠乏症に関しての警告(2011/6/30)
- プロテインSのプロテインとは?(2024/3/10)
プロテインSの正常値とその治療方針(2016/12/10)
プロテインSは抗凝固因子であり、欠乏すると、血栓傾向になります。
胎盤に血栓が出来れば、流産・死産の原因になり得ます。
そこで、診断と治療が議論されます。
つまり、どのくらいの数値以下で治療が必要か、治療はアスピリン単独か、ヘパリンも必要かなどです。
当院を含め、多くの施設でのプロテインS活性の正常値は56%以上です。
しかしながら、56%未満なら必ず治療が必要かと言うと、そうではありません。
国際学会でも、治療が必要か否か、まだコンセンサスが得られていません。
無治療でも流産しないという海外の論文も沢山あるのです。
しかしながら、厚生労働省不育症研究班の出した日本のデータによると、プロテインS活性が60%未満の不育症患者の無治療群の流産率が非常に高かったので、私は、治療は必要と考えます。
治療の成功率は、低用量アスピリン療法の成功率が71.4%と非常に良好で、ヘパリンを併用した場合は76.9%でした。
低用量アスピリン療法+ヘパリン療法では、アスピリン単独療法よりもわずかに5.5パーセント成功率が上昇しただけでした。
従って、いきなりハードルの高いヘパリン療法が必須であると言う事はなさそうです。
プロテインSは、妊娠中は非妊娠時の約半分ぐらいに活性が落ちる事が知られています。
普段プロテインS活性が100%の人は、妊娠すると50%ぐらいになります。
しかし、50%という値は、妊娠中の正常値ですので、流産することはありません。
これに関して以前神戸大が一流国際誌に非常に面白い論文を出しました。
彼らは、正常妊婦の妊娠初期のプロテインS活性を測定したのですが、30%台の人がザラザラいました。
おそらく、妊娠前は60~80%ぐらいの正常範囲の人達です。
この人達は正常妊婦なので、当然その後普通にトラブル無く出産しています。
従って、妊娠中はプロテインS活性が30%以上あれば、正常と言って良さそうです。
ちなみに、神戸大の論文では、妊娠初期のプロテインS活性が20%以下だと、妊娠高血圧などのトラブルが起きたとあります。
だとすると、非妊娠時にプロテインS活性が40%以下の人は、要注意と言う事になります。
このぐらい低値だと、妊娠中の深部静脈血栓のリスクも考えなければならないので、そういう意味で、ヘパリン併用も検討する必要があるかも知れません。
要するに、不育症的観点から言えば、プロテインS活性の正常値は、56%以上、血栓症などを考慮した内科的正常値は、40%以上ぐらいかも知れません。
抗リン脂質抗体の正常値もそうですが、産婦人科の正常値は、内科的正常値よりも厳しい事になっています。
プロテインS活性は普段70%ぐらいあっても妊娠すると半分になるから治療するべきだという意見もあるようですが、その考え方は間違いである事が、上記の説明でお分かりかと思います。
もし、70%未満をプロテインS欠乏とすると、正常の人でも約30%もの人が異常となり、何もしなくても良い人を治療する事になります。
明らかに過剰診療です。
妊娠中の測定値あるいは、予想値を非妊娠時の正常値に当てはめる事は不適切であり、現に妊娠中に30%になっても普通に出産できることは、神戸大のデータを見れば明らかです。
ちなみに、正常女性のプロテインSのデータに関しては、次のセクションの「2.正常女性のプロテインS活性のデータを入手しました」をご覧ください。
上記のプロテインS活性と逆の事が、第Ⅻ因子に言えます。
プロテインSと同様に治療の必要があるのかという議論はあるのですが、それはさておいて、第Ⅻ因子活性は、妊娠すると増えます。
第Ⅻ因子の非妊娠時の正常値は60%以上です。
普段50%の人が妊娠すると、100%ぐらいになります。
しかしながら、妊娠すれば増えるのだから、普段50%の人は治療が不要かと言うと、そんな事はありません。
第Ⅻ因子活性50%で低用量アスピリン療法方針となった妊婦が分娩病院を受診し、分娩病院の産科医が第Ⅻ因子を再検査したところ、100%だったのでアスピリンを中止するよう言われたがどうしたら良いかと言う質問をしばしば受けます。
この場合は中止してはダメです。
何故ならば、正常の人は第Ⅻ因子を妊娠中に測定すると150%ぐらいなりますので、100%は妊娠中にしては低値な訳です。
当院でも、プロテインS欠乏の人の治療方針は迷います。
わずかでも可能性が上がるなら、ヘパリンを使いたがる人も多いです。
私も臨機応変に対応しています。
しかしながら、あくまでもきちんと検査結果に基づいて診断した上での過剰治療と、甘い基準値による過剰診断に基づいた治療は異なります。
診断をきちんとしないと、他の原因を見落とす事にもなりかねませんし、そこに不育症診療の発展はありません。
正常女性のプロテインS活性のデータを入手しました。(2017/5/26)
プロテインS活性が正常値なのにヘパリン療法を勧められた人からの問い合わせが多いので、正常値について解説します。
当院のプロテインS活性の正常値は56%以上です。この数値は、大勢の正常健康日本人女性のデータから厳密に統計処理され、算出されたものです。
正常日本人女性50人のプロテインS活性のデータを入手し解析しました。
それによると、プロテインS活性が56%未満の人は2%いました。
また、70%未満の人は28%、90%未満の人は74%でした。中央値は79%です。
これらの女性は、正常人であり、不妊症でも不育症でもありません。
もし、プロテインS活性70%未満の人に治療が必要であると診断した場合、正常女性の約3割は治療しないと子どもを産めない事になります。
もし、プロテインS活性が90%ないと子どもを産めないのであれば、正常女性の7割以上は、治療しないと子どもを産めない事になります。
しかし、プロテインS活性が70%未満でも、皆さん普通に妊娠、分娩している事は、まぎれもない事実です。
プロテインS欠乏症に関しての警告。(2011/6/30)
プロテインS欠乏症は、欧米人に較べて日本人に多く見られます。
血栓症のリスク因子であり、子宮の血流を悪くするために、妊娠初期流産、子宮内胎児死亡、妊娠中の血栓症の原因になります。
厚労省不育症研究班の調査でも、プロテインS欠乏症の無治療での妊娠成功率はわずか15%しかありませんでした。
研究班の報告の表6をご覧下さい。
この報告では、プロテインS欠乏とは60%未満と定義しています。

『本邦における不育症のリスク因子とその予後に関する研究』より抜粋
しかし、きちんとアスピリンやヘパリンなどの抗凝固療法を行えば大丈夫なので、ご安心下さい。
ただし、治療は妊娠後期まで、必要があれば分娩間際まで必要な事もあります。
我々は、以前学会にて分娩後に血栓を起こした方の症例報告を行い、注意喚起しました。
この症例について説明します。
プロテインS抗原量が52%だった方に、アスピリン+ヘパリン療法を行い、無事分娩に至りました。
プロテインSの1パーセンタイル値は約55%ですので、52%はしっかり欠乏と言えます。
この方は、不幸にも分娩後に自宅でインフルエンザにかかり、寝たきり、脱水と言う、血液がどろどろになる状況があったので血栓症を発症してしまいました。
普通はこんな悪条件はあり得ないのですが、産褥期は母乳に水分が取られるので、脱水になり易く、それに加えてインフルエンザなどの状況が重なって発症したと思われます。
プロテインS欠乏の人は、妊娠初期の悪阻による脱水、妊娠中の切迫流産、切迫早産による長期入院、ベッド上安静、帝王切開による分娩などの状況が血栓症のリスク因子です。
あまり脅かすのは如何なものかと思い、今まで血栓症に関するリスクは積極的に公に書きませんでしたが、エコノミークラス症候群同様、本人が気を付ければ防げる事も多いので、今回ここで注意を喚起したいと思います。
プロテインSのプロテインとは?(2024/3/10)
不育症や着床障害の人にしばしばプロテインS欠乏や抗プロテインS抗体が見出されます。
難解な名前が並ぶ当院の検査項目の中で、馴染みのあるプロテインと言うワードに反応する方も多いのですが、皆さんが知っているサプリメントのプロテインとは関係ありません。
プロテインS欠乏と診断された方の中には、プロテインを飲めば良くなりますかと言う質問をする人もいます。
今回、誤解を解くために、解説したいと思います。
プロテインとは、タンパク質の事です。
サプリのプロテインも、タンパク質を摂取するためのサプリですので、プロテインと言う名前になっています。
実は、血液凝固系因子や、IgGやIgMなどの抗体は、全てタンパク質です。
例えば、抗β2GPI抗体のβ2GPIは、β2グリコプロテインIの略です。
グリコプロテインは、糖蛋白です。
当院の検査項目でも、キニノーゲン、第Ⅻ因子、EGFなどありますが、全てタンパク質です。
プロテインSはアメリカのシアトルで発見されたタンパク質なので、シアトルの頭文字のSを取って、プロテインSと名付けられました。
ネーミングセンスが良くないので、いらない誤解を全世界の素人にもたらしていると私は思っています。