Th1/Th2検査、タクロリムスについて【過去コラムより】
ホームページリニューアルに伴い、過去に掲載したTh1/Th2検査、タクロリムスに関するコラムをまとめました。
【目次】
- Th1/Th2検査、タクロリムスについて
- Th1、Th17優位の患者に低用量アスピリンが有効であると言う仮説
- タクロリムスの副作用についての解説
- Th1/Th2検査とイントラリピッド療法
Th1/Th2検査、タクロリムスについて
Th1/Th2検査、タクロリムスについて、当院の見解を書きます。
最近、Th1/Th2検査を行う施設が増えてきました。
末梢血のTh1/Th2検査は、子宮の局所免疫の状況を直接反映しないので、検査としては参考程度にしかなりません。
この検査のみで同種免疫異常と診断し、タクロリムスで治療するのは、あまりにも短絡的であると考えます。
「不育症管理に関する提言2025」(p.34,35,64)では、非推奨検査(不育症との関連が明らかでなく、不育症の検査として行う事が推奨されない検査)の中にTh1/Th2検査が入っています。
また、不育症治療としてのタクロリムスの使用は、有効性を示すエビデンスが無く、臨床研究法に従いながら倫理委員会の審査と承認を受け、患者同意を取得しなければならないとあります。
提言2025改訂委員会のメンバーには、生殖免疫学の世界的権威の研究者も複数おり、メンバー全員一致の意見です。
Th1/Th2検査とタクロリムスについては、それ以外にも多くの疑問点がありますので、その一部を紹介します。
<Th1/Th2の正常値とタクロリムス投与治療時の流産率>
Th1/Th2の正常値が10.3以下に設定されていますが、この正常値は、mean+1SD(平均値+1標準偏差値)で計算されており、正常女性の約16%が引っかかる設定で、甘すぎます。
この正常値で診断すると、普通に出産している正常女性の6人に1人は、タクロリムスを飲まないといけなくなります。
また、この正常値で診断すると、着床障害の約半分もの人がTh1/Th2高値となり、タクロリムスを飲む事になると報告されています。
この中には当然、飲まなくても良い人が多く混ざっているはずなので、過剰診断、過剰治療であり、もし着床出来たとしてもそれが薬の効果かは不明です。
逆に、前医にて、Th1/Th2高値のためタクロリムスを飲みながら何度も胚移植を繰り返し、着床しないため当院を受診される方がいますが、当院で検査すると他の原因が見つかる事が多く、過剰診断の弊害が発生しています。
見当違いの診断、治療をしている間に、正しい診断、治療が滞っているのです。
現に、Th1が高値症例にタクロリムスを投与した時の流産率は35.7%と報告されていますが、この流産率は高すぎます。
Th1が高いという事は、恐らく制御性T細胞 (Treg)があまり働いていない状況です。
そうすると、免疫系が全体的に燃え盛っている状態なので、同種免疫異常だけでなく、自己抗体の陽性率も高くなるはずです。
だから、Th1/Th2高値でタクロリムス無効だった人が当院で検査をすると、色々な自己抗体が陽性になり、他のリスク因子が見つかる事が多いのは理論的に納得が行きます。
適切な治療をすれば、流産率は正常女性と同程度の20%ぐらいになるべきです。
<なぜ治療薬としてタクロリムスを使用するのか>
Th1/Th2が高値の場合、何故、新薬のタクロリムスを使用するのかに関しても、納得の行く説明がありません。
着床障害患者にタクロリムスを投与した場合、無治療よりも妊娠率が高かったという報告がありますが、先ずこの報告は、あまりにも症例数が少なすぎます。
また、着床障害はメンタルの影響が大きく、偽薬を投与しても、無治療よりは妊娠率が上がる事が報告されています(Fertil Steril 2003;80:376-383)。プラシーボ効果と言います。
従って、タクロリムスの有用性を証明するためには、タクロリムスと無治療の比較ではなく、タクロリムスと偽薬との比較が必須です。
要するに、タクロリムスと偽薬を用意し、医者も患者も、その薬が本物か偽物か、分からないようにして治療成績を検討するわけです。
不育症分野では、今まで幾つもの新しい治療が提唱されてきましたが、多くの治療は最初のパイロットスタディで有用性が示唆されても、この偽薬との比較研究で有用性が確認されず、ポシャってきました。
タクロリムスも、現時点ではパイロットスタディで有用性が示唆された段階にすぎず、臨床に取り入れるのは時期尚早です。偽薬を使ったきちんとした研究で有用性を証明する必要があります。
Th1、Th17優位の患者に低用量アスピリンが有効であると言う仮説
他院で高値を指摘され、タクロリムスを投与されたけれど結果が出ず、当院を受診する人も多いです。
何故か、当院で検査すると血液凝固系の異常が見つかり、低用量アスピリンの方針になり、上手くいく人が多いです。
今回、国際血栓止血学会のオフィシャルジャーナルのJTHに興味深い論文が出ました。
それによると、血小板が活性化すると、Th1とTh17が優位になり、制御性T細胞が抑制されるそうです。
ならば、それを是正するために、抗血小板薬の低用量アスピリンが効くはずです。
すごく納得が行く論文でしたので、紹介します。
タクロリムスの副作用についての解説
タクロリムスの添付文書を読むと、タクロリムスは基本的に、ステロイドなどの従来の治療では十分でなかった場合に使う薬であり、第1選択薬ではないと書かれています。
タクロリムスでは、下記のような影響や副作用が考えられます。
<タクロリムスの胎盤通過性>
タクロリムスの妊娠中の投与は、禁忌ではありませんが、動物実験では催奇形性、胎児毒性が報告されており、ヒトで胎盤を通過する事が報告されています。
タクロリムスは母体血中濃度の71%が胎盤を通過し、胎児に到達します。
血液中のタクロリムスの多くは赤血球に分布するため、血漿ではなく、全血中の濃度を測定する必要があります。
血漿中のタクロリムスの胎盤通過性は23%なので、タクロリムスの多くは、胎児の赤血球に取り込まれる事になります。
ちなみに、我々が良く使う免疫抑制剤は、プレドニゾロンと言うステロイドですが、プレドニゾロンは胎盤を殆ど通過しないので、妊娠中も胎児に対して安心して投与できます。
また、早産により未熟児の分娩が予想される場合、胎児の肺成熟を目的としてステロイドを母体に投与する事があります。この場合は、胎児の肺にステロイドが到達する必要があるため、胎盤通過性の良いベタメタゾン(リンデロン)と言うステロイドを使います。
<タクロリムスの母体と胎児に対する副作用>
タクロリムスの母体に対する副作用は、腎障害、感染 (22%)、高血圧 (56%)、妊娠高血圧腎症 (32%)、低出生体重児 (46%)、糖尿病 (8%)が腎臓移植後の患者で報告されています。
妊娠中にプレドニゾロンを投与した時に気を付けなければならない副作用は、感染による破水ですが、タクロリムスでも同様の様です。
タクロリムスの胎児に対する影響ですが、動物実験で報告された先天奇形は、幸い人間では見られていません。
しかしながら、新生児高カリウム血症、新生児腎障害が報告されています。
さらに、子宮内胎児発育遅延、妊娠高血圧腎症による早産、前期破水などが報告されています。
また、子宮内でタクロリムスの暴露を受けた胎児の長期的な影響は、不明とあります。
神経行動学的、心血管系、腎臓系、内分泌系、免疫系、腫瘍系の長期的影響の研究が必要と書いてあります。
以前当院を受診された方で、妊娠初期から分娩までタクロリムスを飲み、生まれた児が2才で若年性皮膚筋炎と言う難病の膠原病を発症した方がいました。
この方は基礎疾患は無く、妊娠維持のために念のため飲んだそうです。
若年性皮膚筋炎は原因不明の自己免疫疾患であり、遺伝的背景に感染症、予防接種、薬剤投与などの環境因子が関与して発症すると考えられています。
妊娠中のタクロリムスと若年性皮膚筋炎の因果関係は不明ですが、薬剤投与がリスク因子の一つであり、タクロリムスはまさに免疫系の薬剤なので、子宮内での長期的な暴露が影響した可能性は否定できません。
論文によると、タクロリムスという免疫抑制剤のお陰で、臓器移植後の患者の妊娠成功率が上昇したが、母体と胎児の副作用に関しては注意が必要とあります。
臓器移植を受けた患者が妊娠した場合、胎児に対する悪影響、母体に対する悪影響と、移植した臓器を拒絶反応から守る必要を天秤にかけて、妊娠中に注意深く投与する薬剤と思います。
当然の事ながら、健康妊婦に投与した場合の大規模で長期的な信頼できるデータは、皆無です。
ちなみに、タクロリムスの薬剤添付文書の副作用の項目を見ると、「本剤は使用成績調査等の副作用発現頻度が明確になる調査を実施していない」とあります。
まだまだ、副作用に関しては、未知の様です。
まだ歴史も浅く、決して安全な薬ではありませんので、念のために飲んでおこうかと言うノリで試す薬ではありません。
まとめると、私の理解では、妊娠中にタクロリムスを飲んだ場合の要注意の副作用は、破水と高血圧です。
もしもTh1/Th2検査が有用だったとしても、Th1高値症例に対するタクロリムスの効果は決して良好ではありません。
むしろ、詳細な自己抗体検査などの免疫系検査を行い、別のリスク因子を見つけ、しかるべき治療をした方が良いのではないかというのが印象です。
当院では、Th1高値の人に限らず、全員に自己抗体スクリーニングを行っているので、わざわざTh1/Th2を検査する意義は感じていません。
Th1/Th2検査とイントラリピッド療法
イントラリピッドは、ダイズ油が主成分の点滴用乳脂肪製剤で、私も昔、癌患者を診ていた頃によく栄養補給として使用しました。
日本では、Th1/Th2バランスの是正や、NK細胞活性が高い患者に対し免疫療法としてイントラリピッドが使用されているようです。
2011年の不妊の国際学会で、反復着床障害患者に使用したところ、成績が良好であったという発表があり、その事を2011年にイギリスのBBCが放送し(Fertility Experts Claim Miscarriage Breakthrough. BBC Online 05/01/2011.)、イギリスの患者のwebsiteで火がついた様です。
しかしながら、この発表は、わずか50人の患者の報告であり、無作為試験でもないので、研究方法としては信頼性の高いものではありません。
さらに、イントラリピッドの作用機序も、明らかではありません。
Th1/Th2バランスを是正すると言うのが研究者の説ですが、否定する意見もあります。
また、イントラリピッドと普通のブドウ糖点滴を比較しても、免疫状態に差が無かったと言う論文もあります。
BBCは、実は、2005年に「ダイズを避ければ妊娠出来るかも知れない」(Avoiding Soya ‘May Aid Fertility’. BBC Online 21/06/2005. )という、全く相反する放送を行っており、何かいい加減です。
私は、よく患者さんに納豆をお勧めしていますが、日本人は、納豆と豆腐に醤油をかけて食べ、味噌汁も飲むので、そう言う意味では大豆づけで、もしダイズ油が妊娠に有効なのであれば、日本人は妊娠には完璧な食生活です。
日本人にイントラリピッドって、意味あるのでしょうかというのが、私の素朴な疑問です。
結局、今回のイントラリピッド療法は、主導する研究者の期待する効果は昔の夫リンパ球免疫療法と同じです。そして、昔の夫リンパ球免疫療法と深く関わったアメリカ、カナダの研究者が、今回も深く関わっています。
私は、その人達とは昔からの知り合いで、中には、私がアメリカで抗PE抗体の研究をしていた時に、隣の席で試験管を振っていた友人もいます。
夫リンパ球免疫療法は、私の不育症学級でも詳しく触れていますが、話題が先行して世界に広まり、その後、世界中できちんとした無作為試験を行ったところ、その有用性が否定されてしまいました。
今回も、同じ過ちを繰り返そうとしているのでしょうか。
1980年代に夫リンパ球免疫療法が流行した時を知る私としては、歴史が繰り返している様に見えます。
夫リンパ球免疫療法も、抗リン脂質抗体が誘導されるなどの副作用がありましたが、イントラリピッドも血液凝固系亢進や血栓症などの副作用があります。
当院の不育症患者さんの原因で一番多いのは、血液凝固系亢進ですので、BBCの放送の言う様に、決して “innovative and risk-free treatment regime” では無いかも知れません。
蛇足になりますが、過去20年の世界中の医学論文を検索すると、不育症に対する「免疫療法」としては、夫リンパ球免疫療法、免疫グロブリン療法、イントラリピッドに関しては、論文が見つかりましたが、ピシバニールに関しては皆無である事を申し添えておきます。