胚移植からのヘパリン投与は着床障害に効くどころか、着床を邪魔する可能性がある【過去コラムより】
ホームページリニューアルに伴い、過去に掲載したコラムを引っ越しました。
胚移植からのヘパリン投与は着床障害に効くどころか、着床を邪魔する可能性がある。ヘパリン培養は、催奇形性、発癌性のリスクもある。(2017/8/6)
私が著書『不育症学級』でも紹介した論文(Fertil Steril 2003;80:376–83)で、胚移植の日からアスピリン、ヘパリンを投与しても、妊娠率・着床率は上がらないとありますが、良く見るとアスピリン、ヘパリンを投与した方が若干、妊娠率・着床率が悪い事が分かります。
妊娠率は、アスピリン、ヘパリン投与群14.6%、非投与群17.6%で、統計学的には有意差は無いのですが、参加者555人の大規模な二重盲検法による研究なので、ヘパリンの副作用で着床障害が起きる可能性についてずっと引っかかって来ました。
私が最近研究テーマにしているHB-EGF(ヘパリン結合EGF)ですが、これは着床には重要な蛋白で、子宮内膜上のHB-EGFが胚盤胞上のヘパリン様蛋白であるヘパラン硫酸にくっ付くことで着床します。
しかし、もしここに外部から投与されたヘパリンがあると、HB-EGFはヘパリンとくっ付き、胚盤胞のヘパラン硫酸とくっ付けなくなるので、着床が出来なくなる可能性があります。
もう一つの着床の機序は、L-selectinシステムです。
胚盤胞上にはL-selectinという癒着し易い蛋白があり、それが子宮内膜にくっ付いて着床が始まります。
ヘパリンは、L-selectinの発現を抑えたり、L-selectinに結合し、着床の邪魔をする事が知られています。
分子量の大きなヘパリンの方がより効率的に邪魔をするので、日本で使っているヘパリンは、海外で使われている低分子ヘパリンよりもより着床を邪魔します。
ヘパリンは着床が終わった後は、胎盤を育てる作用があるので不育症治療には効くのですが、着床前後に投与する事は、前述の理由から逆効果の可能性があるのです。
現に、ヘパリンは、流産予防効果はありますが、着床障害に効くというエビデンスはありません。
アメリカ生殖医学会では、2015年に、信頼すべきコクランレビューに基づき、着床障害患者にヘパリンを使用する事を否定しています。(Fertil Steril 2015;103:33–4)
胚移植の前に子宮内腔にヘパリンを注入したら着床率、妊娠率が上がるのか検討した論文があります(Clin Exp Reprod Med 2016;43:247-252)。
結果は案の定、効果がありませんでした。
着床率は、ヘパリン投与群18.2%、非投与群22.3%で、統計学的には有意差は無いのですが、ヘパリン投与群の成績の方が悪かったです。
この論文は、胚移植の3から5日前の採卵時にヘパリンを投与していますが、その理由は「培養液にヘパリンを入れてヒトの受精卵に影響が無いのかを調べる実験は倫理的に出来無いので、子宮内に投与したヘパリンが、移植した受精卵に直接接触する事がないように、移植の2から5日前にヘパリンを投与した」とあり、ヘパリンの投与時期は、倫理的判断で決めたと書かれています。
実は、受精卵の培養液にヘパリンを入れると、無脳症や二分脊椎などの中枢神経系の奇形が高率に起きたり、遺伝毒性があるという動物実験がありますので、注意が必要です。
2006年の論文(Anat.Histol.Embryol 2006;35:84-92)によると、体外受精で行われているヘパリン培養のわずか5倍の濃度で、40%もの奇形が発生しています。
この論文の動物実験と実際の体外受精で行われているヘパリン培養は、時期も濃度も異なりますが、安全であると断言する事は出来ませんし、何よりも、そこまでのリスクをおかすメリットがヘパリン培養にあると言うエビデンスの開示が必須です。
実は、遺伝毒性のもっと怖いところは、発癌性です。ヘパリン培養で生まれた子どもは、癌になりやすい可能性が否定できないのです。
当院がヘパリンを胎嚢確認後に開始しているのは、以上のリスクを避けるためでもあります。
胎嚢確認後からのヘパリン投与の安全性・有用性は、既に確立しているのでご安心ください。
標準治療ですから。
着床障害に対する治療は、色々試されていますが、過剰治療は意味が無いどころか逆効果になる可能性があります。
以前も申し上げた様に、標準治療から外れたエビデンスのない治療はリスクを伴いますので、ご注意ください。