「どうせ検査をしてもアスピリンかヘパリンでしょ」という意見に対して≪不育症・着床障害≫【過去コラムより】
ホームページリニューアルに伴い、過去に掲載したコラムを引っ越しました。
【目次】
- ≪不育症ver.≫「どうせ検査をしてもアスピリンかヘパリンでしょ」という意見に対して
- ≪着床障害ver.≫「どうせ検査をしてもアスピリンかヘパリンでしょ」という意見に対して
≪不育症ver.≫「どうせ検査をしてもアスピリンかヘパリンでしょ」という意見に対して
不育症の検査は、高額であると思われています。
しかし、海外で不育症検査を行うのに比べて日本はレベルが高く、検査費用も比較的安価なため、高額であると言う指摘は当たらないと思いますが、折角検査を受けても結局治療が同じなのでは、あまり検査の必要性が感じられないと言う意見にも一理あります。
しかしながら、きちんとした検査データを元に診断しないと、例え同じ治療方針であったとしても大きな問題が起きるのです。
当院には、前医できちんとした検査・診断をしないで治療を受け、駆け込んで来る人が多いので、その問題点を解説します。
不育症の原因の中で多いのは血液凝固系の異常であり、低用量アスピリンやヘパリン療法などの抗凝固療法になる事が多いです。
そこで、前医で詳しい検査や診断をしないで抗凝固療法を行い、無事に分娩したとします。
取り敢えず1人子供を産めたのでその時は良いのですが、きちんと検査・診断していないので、次の妊娠は「治療の根拠もないし、一人産めたから大丈夫」と油断して無治療で臨み、また流産して当院を受診する人がいます。
当院で検査をすると、明らかな凝固異常が見つかります。
たまたま第1子妊娠時の治療は正解だった訳ですが、それを知らなかったために、流産を増やしてしまった事になります。
また、根拠も無くアスピリンを飲んで分娩した場合、自分は不育症かも知れない、アスピリンのおかげで産めたのかもしれない、産まれた子供が女児なので、この子が将来不育症になるのか心配だと不安になり、もう妊娠、分娩希望は無いのに診断をはっきりさせるために来院する人もいます。
きちんと診断しないで抗凝固療法を行なった場合、はっきりした治療の根拠が無いので、妊娠初期を乗り切った時点で不育症外来を「卒業」となり、治療を終了したところ、その後で胎児死亡を起こして来院された方も多いです。
原因不明で何度もアスピリン、ヘパリン療法をやっても流産を繰り返し、当院受診された人の中には、検査を行ったところ、凝固異常とは無関係の染色体転座が見つかったり、糖尿病や甲状腺異常が見つかったり、子宮奇形が見つかったりした人も多いです。
きちんと検査、診断しないと、例え血液凝固異常であったとしても、アスピリン療法単独で良いのか、ヘパリン自己注射も必要なのか、治療は妊娠初期のみで良いのか、分娩直前まで必要か、分娩後も必要か、薬の量は低用量で良いのか、高用量なのか、自費でやるのか、保険がきくのか、何も分かりません。
中には、重症抗リン脂質抗体症候群の人もいるかもしれません。
それを診断しないで中途半端な治療をした場合、流産はしなくても、妊娠途中で重症妊娠高血圧、重症子宮内胎児発育遅延などが起こり、極小未熟児で生まれ、一生後遺症を抱えたり、妊婦本人に肺塞栓が起こり、命が危なかった人など、さまざまな人を診て来ました。
折角妊娠したのに流産して行ったこども達は、命をかけて親に警告を与えているのかもしれません。
それを無視しないで頂きたいと切に思うのです。
検査を受け、きちんと診断できれば、適切な治療によりその後の妊娠は継続出来るし、親の健康も維持できるのです。
≪着床障害ver.≫「どうせ検査をしてもアスピリンかヘパリンでしょ」という意見に対して
我々不育症専門医は、1980年代から不育症の原因解明のため研究を続け、抗リン脂質抗体を始め、様々な原因を見出してきました。
その結果、アスピリン、ヘパリン療法の安全性、有用性が証明され、今ではヘパリンは保険適応ですし、アスピリンも妊娠28週以降の使用が産婦人科診療ガイドラインに認められ、標準治療となりました。
不育症診療は着実に進歩しています。
私は、1999年に日本で初めてヘパリン在宅自己注射を導入しましたが、当時は、患者に自宅でヘパリンという劇薬を自己注射させるなんて危険で非人道的とまで言われた事もありますが、今では普及しすぎて、あまりにも安易な使用が問題になる程です。
一方、不妊領域も、1980年代から飛躍的な進歩をとげました。
当時は一部の大学病院でしか出来なかった体外受精が、今では不妊クリニックで普通に出来、胚盤胞移植も普通に出来、PGT-Aも導入されました。
これも、あまりにも安易な治療が問題になる程です。
しかしながら、不妊治療はずっと、いかに良好な卵を移植するかが最終目標で、その後の着床は子宮まかせでした。
着床障害、不育症などは存在せず、全て卵が原因と言っていた不妊専門医も多かったです。
しかし、卵の問題がPGT-Aなど医療技術の発展によりかなりクリアーできた今となっては、着床障害が問題になり、幾つかのアプローチが始まっています。
不妊専門医が先ず考えた事は、不育症診療の真似をする事でした。
良好胚を移植しても着床しないと言う事は、考え様によっては超早期の流産みたいなものだから、不育症の治療をすれば上手くいくのではないかという考えです。
実は、私が1999年に初めてヘパリン自己注射を導入した時も、同じ事を考えました。
当時、大学病院にいた私は、不妊外来で何度良好胚を移植しても着床しない患者に対し、移植の日からアスピリン、ヘパリンを開始してみたのですが、全く効果がありませんでした。
プレドニンというステロイドもダメでした。
実は、世界中で同じ事を考えた研究者が大勢いて、その後、どんどん論文が出て、着床障害の治療にアスピリン、ヘパリン、プレドニンなどの不育症の治療を応用しても効果はないと言う事が最近の国際学会のコンセンサスです。
従って、着床障害の治療として、移植の前後からのアスピリン、ヘパリン療法は、不適切です。
この解説は別のコラム記事に詳しく書いています。下の関連記事一覧からご覧ください。
結局、血流が大事な妊娠初期の流産とは異なり、胚盤胞が子宮内膜に接着する着床の瞬間は、まだ胎盤血管新生、血流が始まっていないので、血流を良くする不育症の治療は効かない様です。
さらに、プレドニンの様な免疫抑制剤も否定されています。
最近、一部の施設でプレドニンよりも強力なタクロリムスが試みられていますが、その有用性は、偽薬との比較で証明するべきです。
着床する直前にアスピリンやヘパリン、プレドニンを投与することは、最初は着床障害に有効だと言われていたのですが、偽薬との比較研究で効果が否定されて来た経緯があります。
偽薬でも着床率の改善が報告されており、着床は、それほどプラシーボ効果、即ちメンタルの影響が大きいと言えます。
当院の着床障害検査は、従来の検査とは全く概念が異なります。
抗第Ⅻ因子抗体、抗プロテインS抗体、抗EGF抗体などを発見しました。
EGFという成長因子は、第Ⅻ因子やプロテインSにも含まれ、子宮内膜や胎盤の血管新生・細胞増殖を促すという重要な役割を果たしている事は既に分かっています。
着床の現場において、EGFとその関連タンパク質は、子宮内膜の螺旋動脈の血管新生を促し、良い内膜を育てると考えられます。
我々は、それらを認識して血管新生を邪魔する自己抗体を発見した訳です。
抗体があると、内膜の血管新生が阻害されるので、良い内膜ができず、着床がしづらくなると考えられます。
そこで、治療の目的は、良い内膜を育てる事になります。
既に抗体によって血管新生が阻害され、質の悪い内膜が出来上がっている移植の前後から治療を開始しても意味はなく、内膜の増殖期に治療で介入する必要があります。
その時、血管新生を促す作用を期待してアスピリンを使う事がありますが、不育症のアスピリン療法とは、目的も使用時期も異なります。
また、もっと強力に治療するなら、プレドニンを使う事も考えられますが、これも不育症の治療とは目的も使用時期も異なります。
ちなみに、当院で着床障害患者にヘパリンを投与する場合は、胎嚢が見えてからで、流産予防の目的です。
着床障害と不育症の合併の方も多いので。
確かに当院は、検査は何処よりも詳しく、特に血液凝固系検査は非常に正確なのが売りですが、治療は地味です。
でも、正確な診断無しには、適切で納得の行く治療はあり得ません。エビデンスの乏しい検査をやり、エビデンスの乏しい目新しい治療を移植日前後から開始しても、過剰治療の弊害が出るだけです。
当院の検査で異常無しの人は、大体、慢性子宮内膜炎が見つかり、それを治療すれば上手く行っていますし、当院の検査で異常があれば、従来の安全性も有用性も確立した安心できる薬を、投与時期のみ工夫して投与すれば上手くいくはずです。
何故ならば、当院研究所の発見した抗体は、病原性こそ“EGFの働きを阻害する”という今までにない新しい抗体ですが、抗リン脂質抗体などと同様の陽性頻度、抗体価ですので、従来の薬で十分効くはずです。
もっとドラスティックな治療を求め、動物実験もしないでいきなり患者さんに新薬を添付文書に無い目的で試すのは、倫理的に問題がありますし、今の治療でも十分手応えを感じていますので、その必要性は感じていません。
既に質の悪い内膜が出来上がっている移植前後から、アスピリンやヘパリン、プレドニンなどの比較研究で効果が否定されている治療や、タクロリムスなどの強力な治療を開始するのではなく、「良い内膜を育てる事を目的に治療する」に視点を変えただけで、コロンブスの卵的な効果が期待できると思います。
真実は、意外とシンプルなものです。
もちろん、その為には、内膜形成に問題があるため着床しないと言う正確な診断が必須です。
着床は、神秘的な出来事ですし、少しの乱れがあるだけで上手くいかなくなります。
まさに、啐啄同時です。
偽薬の投与でも、そのプラシーボ効果で上手く行く事がある程、一寸の手助けが必要です。
一寸だけ医学で介入してあげれば、上手くいくはずです。
必要以上に強力な治療は、身体的、精神的ストレスがあり、かえって逆効果の印象があります。
「過ぎたるは及ばざるが如し」です。