杉ウイメンズクリニック

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プロテインSの正常値とその治療方針。
2016/12/10(土)

最近、生殖医学会や生殖免疫学会などの学会でプロテインSの治療に関して盛んに議論されています。プロテインSは抗凝固因子であり、欠乏すると、血栓傾向になります。胎盤に血栓が出来れば、流産、死産の原因になり得ます。そこで、診断と治療が議論されます。つまり、どのくらいの数値以下で治療が必要か、治療はアスピリン単独か、ヘパリンも必要かなどです。当院を含め、多くの施設でのプロテインS活性の正常値は56%以上です。しかしながら、56%未満なら必ず治療が必要かと言うと、そうではありません。国際学会でも、治療が必要か否か、まだコンセンサスが得られていません。無治療でも流産しないという海外の論文も沢山あるのです。しかしながら、我々、厚生労働省不育症研究班の出した日本のデータによると、プロテインS活性が60%未満の不育症患者の無治療群の流産率は、非常に高かったので、私は、治療は必要と考えます。治療としては、低用量アスピリン療法の成功率が71.4%と非常に良好で、ヘパリンを併用した場合は76.9%であり、アスピリン単独療法よりもわずかに5.5パーセント成功率が上昇しただけでした。従って、いきなりハードルの高いヘパリン療法が必須であると言う事はなさそうです。

プロテインSは、妊娠すると、普段の約半分ぐらいに活性が落ちる事が知られています。普段、100%の人が、妊娠すると、50%ぐらいになります。しかし、50%は、妊娠中の正常値ですので、流産することはありません。最近、神戸大が一流国際誌に非常に面白い論文を出しました。彼らは、正常妊婦の妊娠初期のプロテインSを測定したのですが、30%台の人がザラザラいました。おそらく、妊娠前は、6080%ぐらいの、正常範囲の人達です。この人達は、正常妊婦なので、当然、その後普通にトラブル無く、出産しています。従って、妊娠中は、プロテインS30%以上あれば、正常と言って良さそうです。ちなみに、神戸大の論文では、妊娠初期のプロテインS活性が20%以下だと、妊娠高血圧などのトラブルが起きたとあります。だとすると、非妊娠時にプロテインS活性が40%以下の人は、要注意と言う事になります。このぐらい、低値だと、妊娠中の深部静脈血栓のリスクも考えなければならないので、そういう意味で、ヘパリン併用も検討する必要があるかも知れません。要するに、不育症的観点から言えば、プロテインS活性の正常値は、56%以上、血栓症などを考慮した内科的正常値は、40%以上ぐらいかも知れません。抗リン脂質抗体の正常値もそうですが、産婦人科の正常値は、内科的正常値よりも厳しい事になっています。

プロテインSは、妊娠すると半分になるのだから、普段70%ぐらいあっても、妊娠すると半分になるから、治療するべきだという意見もあるようですが、その考えは、間違いである事が、上記の説明でお分かりかと思います。もし、70%未満をプロテインS欠乏とすると、正常の人でも約30%もの人が異常となり、何もしなくても良い人を治療する事になり、明らかに過剰診療です。妊娠中の測定値あるいは、予想値を非妊娠時の正常値に当てはめる事は不適切であり、現に妊娠中に30%になっても、普通に出産できることは、神戸大のデータを見れば明らかです。ちなみに、正常女性のプロテインSのデータを入手しましたので、ご覧ください。
www.sugi-wc.jp/news_disp.cgi

逆の事が、第XII因子に言えます。プロテインSと同様、治療の必要があるのかという議論はあるのですが、それはさておいて、第XII因子活性は、妊娠すると増えます。第XII因子の非妊娠時の正常値は、60%以上です。普段50%の人が妊娠すると、100%ぐらいになります。しかしながら、妊娠すれば増えるのだから、50%の人は治療が不要かと言うと、そんな事はありません。第XII因子活性50%で、アスピリンを飲んでいる妊婦が、分娩病院を受診し、分娩病院の産科医が第XII因子を再検査したところ、100%だったので、アスピリンを中止するよう、言われたが、どうしたら良いかと言う質問をしばしば受けますが、中止してはダメです。何故ならば、正常の人は、第XII因子を妊娠中に測定すると、150%ぐらいなりますので、100%は、妊娠中にしては、低値な訳です。

当院でも、プロテインS欠乏の人の治療方針は、迷います。わずかでも可能性が上がるなら、ヘパリンを使いたがる人も多いです。私も、臨機応変に対応しています。しかしながら、あくまでも、きちんと診断した上での過剰治療と、甘い基準値による過剰診断に基づいた治療は、異なります。診断をきちんとしないと、他の原因を見落とす事にもなりかねませんし、そこに不育症診療の発展はありません。

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