杉ウイメンズクリニック

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「どうせ検査をしてもアスピリンかヘパリンでしょ」という意見に対して。着床障害バージョン。
2020/06/07(日)

 不育症バージョンは、「よくある質問、注意事項」に既に書いてあります。参照下さい。今回は、着床障害バージョンを書きます。

 当院の着床障害検査は高額と言う人もいますが、海外では30万円ぐらいしますし、現にERA検査も20万円弱しますので、海外と比較しても高額とは言えません。(私はプリウスに乗っていますが、先日、車検の料金が当院の料金と全く一緒で、愕然としました。たった90分で…。全く故障していなかったし、強制なのに…。)しかしながら、折角高額の検査を受けても、治療方針が変わらないのであれば、無駄であると言う意見も一理ありますし、私も不本意なので、ここに当院の考えを解説したいと思います。

 我々不育症専門医は、30年前から不育症の原因解明のため研究を続け、抗リン脂質抗体を始め、様々な原因を見出してきました。その結果、アスピリン、ヘパリン療法の安全性、有用性が証明され、今ではヘパリンは保険適応ですし、アスピリンも妊娠28週以降の使用が産婦人科ガイドラインに認められ、標準治療となりました。不育症診療は着実に進歩しています。私は、1999年に日本で初めてヘパリン在宅自己注射を導入しましたが、当時は、患者に自宅でヘパリンという劇薬を自己注射させるなんて、危険で非人道的とまで言われた事もありますが、今では普及しすぎて、あまりにも安易な使用が問題になる程です。

 一方、不妊領域も、30年前から飛躍的な進歩をとげました。当時は一部の大学病院でしか出来なかった体外受精が、今では不妊クリニックで普通に出来、胚盤胞移植も普通に出来、PGT-Aも導入されました。これも、あまりにも安易な治療が問題になる程です。しかしながら、不妊治療はずっと、いかに良好な卵を移植するかが最終目標で、その後の着床は子宮まかせでした。着床障害、不育症などは存在せず、全て卵が原因と言っていた不妊専門医も多かったです。しかし、卵の問題がかなりクリアーできた今となっては、着床障害が問題になり、幾つかのアプローチが始まっています。

 不妊専門医が先ず考えた事は、不育症診療の真似をする事でした。良好胚を移植しても着床しないと言う事は、考え様によっては超早期の流産みたいなものだから、不育症の治療をすれば上手くいくのではないかという考えです。実は、私が1999年に初めてヘパリン自己注射を導入した時も、同じ事を考えました。当時、大学病院にいた私は、不妊外来で何度良好胚を移植しても着床しない患者に対し、移植の日からアスピリン、ヘパリンを開始してみたのですが、全く効果がありませんでした。プレドニンというステロイドもダメでした。実は、世界中で同じ事を考えた研究者が大勢いて、その後、どんどん論文が出て、着床障害の治療にアスピリン、ヘパリン、プレドニンなどの不育症の治療を応用しても効果はないと言う事が最近の国際学会のコンセンサスです。従って、着床障害の治療として、移植の前後からのアスピリン、ヘパリン療法は、不適切です。

 結局、血流が大事な妊娠初期の流産とは異なり、胚盤胞が子宮内膜に接着する着床の瞬間は、まだ胎盤血管新生、血流が始まっていないので、血流を良くする不育症の治療は効かない様です。さらに、プレドニンの様な免疫抑制剤も否定されています。最近、一部の施設でプレドニンよりも強力なタクロリムスが試みられていますが、その有用性は、偽薬との比較で証明するべきです。アスピリンもヘパリンもプレドニンも、最初は着床障害に有効だと言われていたのですが、偽薬との比較研究で効果が否定されて来た経緯があります。偽薬でも着床率の改善が報告されており、着床は、それほどプラシーボ効果、即ちメンタルの影響が大きいと言えます。

 当院の着床障害検査は、従来の検査とは全く概念が異なります。抗第XII因子抗体、抗プロテインS抗体、抗EGF抗体などを発見しました。EGFという成長因子は、第XII因子やプロテインSにも含まれ、生殖に重要な役割を果たしている事は既に分かっています。EGFとその関連タンパク質は、子宮内膜の螺旋動脈の血管新生を促し、良い内膜を育てると考えられます。我々は、それらを認識して血管新生を邪魔する自己抗体を発見した訳です。抗体があると、内膜の血管新生が阻害されるので、良い内膜ができず、着床がしづらくなると考えられます。そこで、治療の目的は、良い内膜を育てる事になります。従って、既にダメな内膜が出来上がった移植の前後から治療を開始しても意味はなく、内膜の増殖期に治療で介入する必要があります。その時、血管新生を促す作用を期待してアスピリンを使う事がありますが、不育症のアスピリン療法とは、目的も使用時期も異なります。また、もっと強力に治療するなら、プレドニンを使う事も考えられますが、これも、不育症の治療とは目的も使用時期も異なります。ちなみに、当院で着床障害患者にヘパリンを投与する場合は、胎嚢が見えてからで、流産予防の目的です。着床障害と不育症の合併の方も多いので。

 確かに当院は、検査は何処よりも詳しく、特に血液凝固系検査は非常に正確なのが売りですが、治療は地味です。でも、正確な診断無しには、適切で納得の行く治療はあり得ません。エビデンスの乏しい検査をやり、エビデンスの乏しい目新しい治療を移植日前後から開始しても、卵の無駄です。当院の検査で異常無しの人は、大体、慢性子宮内膜炎が見つかり、それを治療すれば上手く行っていますし、当院の検査で異常があれば、従来の安全性も有用性も確立した安心できる薬を、投与時期のみ工夫して投与すれば、上手くいくはずです。何故ならば、当院研究所の発見した抗体は、病原性こそ今までにない新しい抗体ですが、抗リン脂質抗体などと同様の陽性頻度、抗体価ですので、従来の薬で十分効くはずです。もっとドラスティックな治療を求め、動物実験もしないで、いきなり患者さんに新薬を添付文書に無い目的で試すのは、倫理的に問題がありますし、今の治療でも十分手応えを感じていますので、その必要性は感じていません。


 既にダメな内膜が出来上がっている移植前後から、ヘパリンやタクロリムスなどの強力な治療を開始するのではなく、「良い内膜を育てる事を目的に治療する」に視点を変えただけで、コロンブスの卵的な効果が期待できると思います。真実は、意外とシンプルなものです。もちろん、その為には、内膜形成に問題があるため着床しないと言う正確な診断が必須です。着床は、神秘的な出来事ですし、少しの乱れがあるだけで上手くいかなくなります。まさに、啄同時です。偽薬の投与でも、そのプラシーボ効果で上手く行く事がある程、一寸の手助けが必要です。一寸だけ医学で介入してあげれば、上手くいくはずです。必要以上に強力な治療は、身体的、精神的ストレスがあり、かえって逆効果の印象があります。「過ぎたるは及ばざるが如し」です。

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