杉ウイメンズクリニック

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71%が胎盤を通過するタクロリムス。副作用についての解説。
2022/03/06(日)

最近、妊娠中にタクロリムスと言う免疫抑制剤を飲んでいて妊娠中期に妊娠高血圧症候群を引き起こし、胎児死亡になった方が当院を受診されました。タクロリムスの副作用なのかは不明ですが、気になったので、タクロリムスの妊娠中の副作用についての論文を探し(Transplantation 2013;95:908-915)、読んでみましたので紹介します。

驚いた事は、タクロリムスは母体血中濃度の71%が胎盤を通過し、胎児に到達すると言う事です。血液中のタクロリムスの多くは赤血球に分布するため、血漿ではなく、全血中の濃度を測定する必要があります。血漿中のタクロリムスの胎盤通過性は23%なので、タクロリムスの多くは、胎児の赤血球に取り込まれる事になります。ちなみに、我々が良く使う免疫抑制剤は、プレドニゾロンと言うステロイドですが、プレドニゾロンは胎盤を殆ど通過しないので、妊娠中も胎児に対して安心して投与できます。また、早産により、未熟児の分娩が予想される場合、胎児の肺成熟を目的としてステロイドを母体に投与する事がありますが、この場合は、胎児の肺にステロイドが到達する必要があるため、胎盤通過性の良いベタメタゾン(リンデロン)と言うステロイドを使います。

タクロリムスの母体に対する副作用は、腎障害、感染 (22%)、高血圧 (56%)、妊娠高血圧腎症 (32%)、低出生体重児 (46%)、糖尿病 (8%)が腎臓移植後の患者で報告されています。当院の患者さんも、妊娠高血圧症候群を起こしたので、副作用の可能性は否定できません。

タクロリムスの胎児に対する影響ですが、動物実験で報告された先天奇形は、幸い人間では見られていません。しかしながら、新生児高カリウム血症、新生児腎障害が報告されています。さらに、子宮内胎児発育遅延、妊娠高血圧腎症による早産、前期破水などが報告されています。妊娠中にプレドニゾロンを投与した時に気を付けなければならない副作用は、感染による破水ですが、タクロリムスでも同様の様です。

また、子宮内でタクロリムスの暴露を受けた胎児の長期的な影響は、不明とあります。神経行動学的、心血管系、腎臓系、内分泌系、免疫系、腫瘍系の長期的影響の研究が必要と書いてあります。

論文によると、タクロリムスという免疫抑制剤のお陰で、臓器移植後の患者の妊娠成功率が上昇したが、母体と胎児の副作用に関しては注意が必要とあります。臓器移植を受けた患者が妊娠した場合、胎児に対する悪影響、母体に対する悪影響と、移植した臓器を拒絶反応から守る必要を天秤にかけて、妊娠中に注意深く投与する薬剤と思います。当然の事ながら、健康妊婦に投与した場合の大規模で長期的な信頼できるデータは、皆無です。ちなみに、タクロリムスの薬剤添付文書の副作用の項目を見ると、「本剤は使用成績調査等の副作用発現頻度が明確になる調査を実施していない」とあります。まだまだ、副作用に関しては、未知の様です。

まとめると、私の理解では、妊娠中にタクロリムスを飲んだ場合の要注意の副作用は、破水と高血圧です。

追記:当院の患者さんで、妊娠36週までタクロリムスを飲み、出産した方で、子どもが稀な若年性の膠原病を発症した方がいます。原因不明の自己免疫疾患ですが、薬剤投与が一つのリスクファクターです。タクロリムスはまさに免疫系の薬剤なので、要注意かも知れません。

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